近年、SDGsや脱炭素といった社会課題に関心が高まる中、それらをテーマにしたETF(上場投資信託)も増えています。
しかし、それらのETFは本当に社会課題の解決につながっているのでしょうか。
今回は、その実態と今後の可能性について、大東文化大学の郡司先生にお話を伺いました。

郡司 大志
大東文化大学 経済学部 教授
法政大学経済学部経済学科卒。法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻博士後期課程修了。博士(経済学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、東京国際大学経済学部客員講師(一号)などを経て、現職。専門はマクロ経済学、金融政策、金融論。
主な著書に『マクロ経済学への招待』新世社(2024年11月)、主な論文に “Impact of the Kuroda Bazooka on Japanese households’ borrowing intentions,” Japan and the World Economy 69, 101240, 2024(単著)、”Did the BOJ’s negative interest rate policy increase bank lending?” The Japanese Economic Review 76, 91-120, 2025(単著)、”Do reserve requirements restrict bank behavior?” Forthcoming in the Review of Financial Economics(三浦一輝氏との共著)がある。
この記事を読むことで、テーマ型ETFの課題や投資家としての正しい向き合い方、そして日本のETF市場の将来性について理解を深めることができます。
SDGsテーマ型ETFの実態と課題

郡司先生、本日はよろしくお願いします。最近では”SDGs”や”脱炭素”など、社会課題と結びついたテーマ型ETFも登場していますが、これらのETFが今後どのような役割を果たすと予測されていますか?



確かに最近、SDGsや脱炭素などをテーマにしたETFが数多く登場していますが、これらが今後本当に大きな役割を果たすかどうかについては、やや懐疑的に見るべきだと思います。理由はいくつかあります。



具体的にはどのような理由があるのでしょうか?



第1に、テーマ型ETFの多くは”社会課題の解決”をうたってはいるものの、実態としては単なるマーケティング色が強く、十分に社会インパクトを持ち得る投資対象とは言いがたいケースがあります。たとえば、脱炭素をテーマにしていても、その構成銘柄に必ずしも真にサステナブルな取り組みをしている企業ばかりが含まれているわけではないことがあり、結果的に「看板倒れ」となってしまうリスクをはらんでいます。



なるほど、マーケティング的な側面が強いということですね。他にも課題はありますか?



第2に、テーマ型ETFは一般的に分散性が低く、特定の分野や少数の企業群に集中投資する傾向があります。これによってリスクが高まり、価格変動も大きくなりやすいのが現実です。社会課題に関心を持つ個人投資家にとっては魅力的に見えるかもしれませんが、資産形成の観点からは、リスクに見合ったリターンが本当に得られるのか慎重な見極めが必要です。むしろ、良かれと思った商品設計が、結果として投資家に不利益をもたらす可能性すらあります。



投資としての側面から見ても課題があるのですね。企業の行動変革という観点ではどうでしょうか?



第3に、社会課題と結びついたETFが実際に企業行動を変革できるかについても懸念があります。ETFは本質的に「パッシブ運用」であるため、構成銘柄に対して強いガバナンス圧力をかける力が弱く、個々の企業に社会的責任を真剣に果たさせるインセンティブにはなりにくいのが現状です。つまり、表面的な「社会貢献型」のパッケージであっても、現実の企業活動に対する実効性は限定的である可能性が高いのです。



それはかなり根本的な課題ですね。結論としてはどのようにお考えですか?



以上の点を踏まえると、SDGsや脱炭素といった社会課題をテーマにしたETFが今後、資産運用と社会変革の両立という高い理想を実際に果たせるかどうかについては、かなり慎重な姿勢で見ていくべきだと考えます。社会に良い影響をもたらすためには、ETFを選ぶ側の投資家自身も、単なるテーマ名に惑わされず、中身をしっかり精査し続ける覚悟が求められるでしょう。
日本のETF市場の可能性と課題



海外に比べて日本のETF市場はまだ成長の余地があると感じます。日本ならではの可能性や課題について、先生のご意見をお聞かせください。



おっしゃるとおり、日本のETF市場は海外、特に米国と比較するとまだ発展途上であり、今後の成長の余地が大いにある市場です。実際、日本のETF残高は年々増加しているとはいえ、個人投資家の認知度や活用度、あるいは商品の多様性といった面では、米国や欧州に比べてやや遅れをとっているのが現状です。その背景には、日本特有の制度的、文化的な側面が複雑に絡み合っています。



日本のETF市場にはどのような可能性があるのでしょうか?



日本ならではの可能性として注目すべきは、「国民全体の資産形成におけるETFの役割」が今後ますます重要になるという点です。近年、政府は”貯蓄から投資へ”という流れを強く後押ししており、NISA制度の拡充や金融教育の推進など、個人が長期的に資産を育てる仕組みが整備されつつあります。その中で、ETFはコストが安く、分散効果があり、長期投資に適しているという点で、非常に理にかなった商品です。加えて、日本の年金や保険といった制度的投資家の間でも、ETFの活用が徐々に広がってきており、市場の厚みが増す可能性も期待されます。



確かに資産形成の視点からは理想的な商品ですね。一方で、市場としての課題はどのようなものがありますか?



一方で、日本のETF市場では流動性が十分でない銘柄が多く、売買の際にスプレッド(売値と買値の差)が大きくなることがあります。これは市場参加者が限られているためで、ETFをより安心して活用するためには、マーケットメイカー制度の強化や、個人投資家が参入しやすい環境整備が求められます。



市場の厚みが十分でない点は確かに課題ですね。その他に日本特有の課題はありますか?



さらにもうひとつの課題は、日本銀行の存在感です。日銀が長年にわたってETFを大量に買い入れてきたことで、一部では市場の価格形成機能が歪められているとの指摘もあります。これは投資家の間に「本来の需給ではなく、政策によって価格が動くのではないか」という不信感を生みかねず、ETF市場が健全に成長するためには、将来的な政策転換のあり方も慎重に議論される必要があるでしょう。
投資は本当に「社会への投票」になるのか



“投資は投票”とも言われるようになってきました。ETFを通じて個人が社会にどのようなメッセージを送れるのか、先生のご見解を教えてください。



「投資は投票」という考え方は非常に魅力的に聞こえますが、ETFを通じて個人が社会に明確なメッセージを送れるかどうかについては、現実にはかなり限界があると考えています。



具体的にはどのような限界があるのでしょうか?



そもそもETFは、多くの場合インデックスに連動する「パッシブ運用」の仕組みを取っており、個々の投資家が「この企業には賛成だが、あの企業には反対だ」という細やかな意志を反映させることはできません。たとえば脱炭素をテーマにしたETFに投資したとしても、実際には脱炭素に積極的とは言えない企業が構成銘柄に入っていたりすることがあり、結果として本当に送りたいメッセージが市場に届かない可能性が高いのです。



確かに個別企業へのメッセージ性は薄れてしまいますね。議決権についてはどうでしょうか?



また、ETFの議決権は基本的に運用会社がまとめて行使するため、個々の投資家の意向が直接反映される仕組みにはなっていません。ブラックロックやバンガードのような大手が議決権の扱いを一部見直し始めてはいますが、個人がETFを通じて企業経営に具体的な影響を与えるには、まだ道のりが遠いのが実態です。現時点では、ETFを買うことで自分の意志を社会に伝えるというのは、あくまで間接的かつ象徴的な意味合いにとどまると言わざるを得ません。



社会課題型ETFについてはさらに懸念がありそうですね。



さらに、前の議論とも重なりますが、最近の社会課題型ETFの多くはマーケティング的な色彩が強く、「社会に良い影響を与えたい」という個人の純粋な思いが、十分に実効的な行動に結びつくとは限りません。社会を変えたいのであれば、ETFを選ぶだけで満足するのではなく、その背後にある企業活動や運用方針をきちんと調べ、必要であれば別の形でアクションを起こす覚悟も必要でしょう。



では結局、ETFを通じた「投票」の意義はどこにあるのでしょうか?



要するに、ETFを通じた投資は、確かに一つの「社会参加」の方法ではありますが、それが個人の強いメッセージとして届くかどうか、ましてや現実の社会変革に直結するかどうかは、今のところかなり限定的です。本当に意味のある投票行動をしたいのであれば、ETF投資に加えて、さらに深い企業分析や、直接株主となっての議決権行使など、より能動的なアプローチが必要だと思います。
ETFの未来と社会変革ツールとしての可能性



今後、ETFはどのように進化していくと予想されていますか?個人が社会を変えるツールとして、さらにどのような活用の可能性があるでしょうか?



現実的に見れば、今後ETFはまず何よりも「効率的な分散投資のツール」として、引き続き進化していくことが主流になると考えられます。コストの低下、対象市場の拡大、スマートベータ型やテーマ型といったバリエーションの充実など、ETFはこれからも幅広い資産形成ニーズに応える基本的なインフラとして、その利便性を高めていくでしょう。この方向性は確実であり、個人投資家にとっても、資産を分散し、長期的にリスクを抑えるための使い勝手のよい手段であり続けるはずです。



では社会変革のツールとしての役割はどうなっていくでしょうか?



一方で、「個人が社会にメッセージを送るツール」としてのETFの役割については、規模の面では依然として限定的なものにとどまると見ています。議決権行使の仕組みが一部改善されつつあるとはいえ、ETFの本質がパッシブ運用である以上、個別企業に対する直接的な働きかけは難しく、大多数のETF投資家にとっては、あくまで間接的な社会参加にとどまるでしょう。



新しいタイプのETFについての可能性はありますか?



ただし、社会課題型ETFや、議決権への関与を重視した新しいタイプの商品が徐々に登場してきていることも事実であり、今後はごく一部の意識の高い投資家たちにとって、資産形成と自己表現を両立させる選択肢のひとつとして、ETFが活用されていく可能性はあります。とはいえ、それが市場全体に広がるには相当な時間がかかるでしょうし、当面はあくまで「分散投資の便利なツール」という側面がETFの中心であり続けると思われます。



まとめると、ETFの主流は資産形成ツールとしての役割で、社会変革のツールとしての役割は限定的だということですね。



つまり、ETFは基本的には効率性と利便性を追求する中で成長し、その過程で規模は小さいながらも、個人の社会的意志を表明する手段としても使われ始める――その程度のバランス感覚で未来を見ておくのが、現実的だと考えています。
まとめ:ETFを通した社会貢献への現実的なアプローチ
本インタビューでは、大東文化大学の郡司大志教授に、社会課題をテーマにしたETFの実態と可能性について詳しく解説していただきました。
SDGsや脱炭素などをテーマにしたETFが数多く登場している一方で、それらが実際に社会変革をもたらす力は現状では限定的であることが明らかになりました。パッシブ運用という本質的な特性から、個人の意思が直接企業活動に反映されにくく、また構成銘柄の選定においても「看板倒れ」のリスクがある点には注意が必要です。
日本のETF市場には成長の余地がある一方で、流動性の課題や日銀の政策による市場歪曲といった日本特有の問題も指摘されました。今後ETFは主に「効率的な分散投資のツール」として進化していくことが予想され、「社会参加のツール」としての役割は補完的なものにとどまる可能性が高いと言えるでしょう。
投資を通じて本当に社会に影響を与えたいと考える投資家は、ETFを選ぶだけで満足するのではなく、その背後にある企業活動や運用方針をしっかりと精査し、必要に応じて直接株主になるなど、より能動的なアプローチを考えることが大切かもしれません。
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