デジタル通貨の導入が進む中、銀行が果たしてきた伝統的な役割はどのように変化していくのでしょうか。
中央銀行デジタル通貨(CBDC)や民間のデジタル決済手段の普及により、金融業界は大きな転換点を迎えています。
そこで今回は、銀行論・金融論がご専門の埼玉大学の長田健教授にお話を伺いました。

長田 健氏
埼玉大学人文社会科学研究科・経済学部 教授
1980年山梨県生まれ。2004年一橋大学商学部卒業。2011年商学博士(一橋大学)。2008年日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)。2010年一橋大学商学研究科特任講師。2011年西武文理大学サービス経営学部専任講師。
2015年埼玉大学人文社会科学研究科・経済学部准教授、2022年同教授、現在に至る。この間、オーストラリア国立大学クロフォード経済政府研究所、国際通貨基金(IMF)、シンガポール国立大学ビジネススクールで客員研究員・客員教授を務める。
専門分野は銀行論、金融論。
この記事を読むことで、デジタル通貨が銀行業界や金融政策に与える影響、そして「情報」を巡る競争の行方について理解を深めることができます。
1.CBDCは銀行の基本的な役割(預金、貸付、決済など)にどのような影響を与えるのか
CBDCにはリテール型(Retail CBDCs)とホールセール型(Wholesale CBDCs)がありますが、銀行への影響という観点からは前者の方がインパクトは大きいでしょう。簡単に言えば、リテール型が普及した場合、皆さんは現金、預金の代わりにCBDCを様々な取引に使うようになるでしょう。
これは銀行にとって死活問題です。銀行は皆さんや企業の預金口座の変動(様々な取引の変動)から皆さんの「情報」を得て、その取引情報を元に貸出などのビジネスをしてきました。しかし、CBDCは中央銀行が発行主体ですから、皆さんの取引情報は中央銀行のものとなり、民間銀行には入って来ません。
金融論で学ぶことですが、銀行は顧客の情報を上手に活用して貸出などのビジネスをしていると考えられています。情報を得難くなると、企業がどれくらい売り上げがあり、いつどこで誰に支払いをした等の情報が分かりませんので、企業のことがよく分からず貸出を手控えたり、貸出金利を適切に設定できなくなったりするでしょう。
一方、ホールセール型の場合であれば、金融機関の間の取引に使われてきた日銀当座預金がCBDCに置き換わるようなものなので、民間銀行のビジネスに対する影響は軽微だと考えられます。
2.民間デジタル通貨が普及していく中、銀行の立ち位置はどうなる?
この問題について考える時、「誰が情報優位者になるか」という視点が重要です。前述した通り、これまで銀行は「預金」という決済手段を有するが故に、顧客の経済取引に関する情報を誰よりもよく知る存在でした。
しかし、現在、民間のデジタル決済手段が決済ビジネスに参入することで、その優位性は失われつつあります。民間の経済取引は、個人の経済取引と企業の経済取引がありますが、個人の経済取引データは銀行よりもPaypayなどのデジタル決済事業者のほうが豊富に持っている可能性すらあります。企業間決済まで新規参入が進んでいないので、法人向けの金融ビジネスにおいては優位性はまだ失っていませんが、銀行が金融市場における情報を巡る競争を傍観するようなことをしていたら、優位性は失われるでしょう。
リテール型CBDCが導入された場合、銀行のみならずデジタル決済事業者も情報獲得が困難になります。これは民間の情報を巡る競争を阻害することになり、ビジネスを阻害することになります。企業・個人の自由競争を重視する米トランプ政権がCBDCの開発を禁止したのも、競争の阻害に対する懸念と考えることが出来ます。
一方で、中央集権化が進む中国でCBDCの開発・運用が進むのは、情報を中央に集約するプロセスと整理することができます。両国は両極端な例ですが、CBDCの導入に際しては、民間経済主体が「情報」を利用してビジネスし、効率的な資金循環をもたらす仕組みを作るという視点を国家は持つ必要があるでしょう。
3.デジタル通貨の導入は、金融政策の実施や金融システムの安定性にどのような影響を与えるか?
リテール型のCBDCが導入されると、世の中に「マイナス金利」の世界を作ることが容易になると言われています。景気を刺激したいと考える中央銀行が、お金をもっと使って経済全体のお金の巡りを良くしたいと考え、CBDCにマイナス金利を課すのです。もしその金利が-1%だとすると、スマホに入っている100万円のCBDCが1年後には99万円に減るということです。すると人々は、1万円失う前にお金を使わなければと思い、消費をします。消費は経済全体の需要を増やし、生産が増え、経済が刺激されるというわけです。
金融システムへの影響について考える場合、デジタルの「速さ」への注意が必要でしょう。2023年初頭に発生した米シリコンバレーバンクなどの破綻はDigital Bank Run(デジタル銀行取付)によるものです。デジタル通貨は現金に比べ遥かに動きが速いことが特徴です。ある銀行の経営不安が起こると、一気に預金は引き出されその銀行を破綻させてしまいます。この速さに対して、政府・民間がそれぞれ備える必要があります。
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